CR型イコライザーを作ってみてその手軽さと音質の良さに感動したのですが、やはりDTMerとしてはパラメトリックイコライザー(以下パライコ)を作ってミキシングで活用したいところです。
CR型とは違い、パライコを作るとなるとオペアンプと電源が必要となり、制作に必要とされる知識や作業内容が途端に本格的になります。
パライコのような、いわゆるプロオーディオの回路に関する記事はなかなか見つからないので、後学の方の参考に設計と制作過程を残しておきます。
(需要があるかは分かりませんが…)
なぜパラメトリックイコライザーを選んだのか
CR型イコライザーは回路がシンプル・電源不要・自然な音色変化・ノイズレス…と長所ばかりなのですが、「イコライジングできる周波数が固定」「EQのカーブがシェルビングのみ」という制限があり、DTMで使うには致命的に機能が足りません。
「回路を拡張すれば機能的にもクリアできないものか」といろいろ調べましたが、ちょっと難しそうでした。
すると選択肢は IC を使用したグラフィックイコライザー(以下グライコ)かパライコになります。
で、パライコを選んだのは、グライコはフェーダーを実装するのが物理的に難易度が高いのと、やはりパライコの方がレコーディングやDTMで圧倒的に使用されているから慣れているのが理由です。
準備:パライコ自作に必要なもの
それではパライコの自作に必要なものを見ていきましょう。
- オペアンプ(オーディオ向けのもの)
- 両電源(±15V程度が理想)
- 抵抗器
- 可変抵抗器(ボリュームツマミ)
- コンデンサ
- コネクタ類(XLRコネクタ等)
- 基板、線材等
ざっくりとこのくらいですね、簡単に解説します。
オペアンプ
オペアンプとは入力された電気信号を増幅して出力するICです。
プロオーディオに興味のある方なら、この文面ですぐにその役割を理解できるのではないでしょうか。
コイルとコンデンサで指定の周波数をカット・ブーストができる回路を作れるのですが、コイルは扱いにくい(らしい)ため、オペアンプ・抵抗・コンデンサで同様の回路を作ります。
このあたりの仕組み的な話は割愛します。ワカリマセン
そしてこのオペアンプを動かすために「電源」が必要となります。
両電源
オペアンプを動かす電源は「±15V程度の両電源」を使用するのが理想です。
電圧にも正と負・プラスマイナスがあり、その両方を供給する電源を両電源と言います。
今回の用途に向いている定番のオペアンプは、±15V程度で安定動作するものが多いです。
(購入前にオペアンプのデータシートをご確認ください)
肝心の両電源にはどんなものがあるかというと…、完成品はあまりないのが実情です。
下のようなスイッチング電源もちょっと電圧が足りなかったりします。
(下記商品は「出力電圧を約10.0V~13.5Vの間で無段階調整可能」とのこと。惜しい!)
オペアンプのデータシートを見る限り13.5Vでも問題なく動作しそうですが、やはりオーディオ用途なので、ただ電気を供給できればいいという訳ではありません。
適正値のきれいな電気…できる限りこだわりたいですよね。
電圧を昇圧して供給するユニットもありますのでいちおうご紹介。
上記のスイッチング電源と組み合わせれば±15Vの供給が可能ですが、そこまでするなら一から電源を作った方が良さそうかな。
すでにAC/DCコンバーターを持っているならアリかもしれません。
という訳で電源も自作しました。こちらは別記事で解説したいと思います。
単電源から両電源を作れるが…
ACアダプターのような単電源(プラスかマイナス電圧のみ供給可)から両電源を作る簡単な方法もあるのですが、必要電圧の倍の電圧を供給できるものが必要となります。
今回であれば30Vのアダプターが必要となりますが、そんな電圧のアダプターは見当たらない上に、ACアダプターのようなスイッチング電源は音質的に劣るようです。
試しに15VのACアダプターから両電源を作ってオペアンプを動かしたところ、作動はするものの音割れやノイズが酷くて使い物になりませんでした。
ちなみにそのときの供給電圧は±6V程度でした。きれいに1/2とはならず多少のロスが生じますね。
抵抗器・コンデンサ・コネクター
抵抗器
抵抗器は金属皮膜抵抗、コンデンサはメタライズドポリエステルフィルムコンデンサを中心に揃えました。
こちらも購入は秋月電子です。
抵抗器はカーボン抵抗がより安価ですが、金属皮膜の方が音質的に優れているようです。
サイズは本回路であれば1/4Wで充分です。
1/2W以上の大きなものにしても何も問題はありませんが、設置スペースやコストは取られます。
コンデンサ
コンデンサはフィルムコンデンサがオーディオ用途には好まれます。
そのフィルムコンデンサもポリエステル、ポリプロピレン、スチロールなどがあります。
私の環境下では汎用のポリプロピレンは音が悪かったのですね(しかもデカすぎる)。サウンドが窮屈になる印象でした。
オーディオ用であれば結果は違うかもしれません。
その他に「パナソニックECHU(メタライズド積層フィルムコンデンサー)」というものもあります。
容量0.1μF・定格電圧16Vと使いどころが限られる上にリード線を自分で用意する必要がありますが、その音質はすばらしく、手間をかけて組み込む価値があります。
オペアンプのバイパスコンデンサとして利用してみましたが(「回路について」で後述)、すばらしい音質でした。
ですがコンデンサなどは定格の半分程度の電圧で使うのが安全なんですよね(というか基本)。
これが商用品ならとても採用できません。すぐに壊れるようなことはありませんが、寿命は早いでしょう。
という訳で、ECHUは断腸の思いで電源部からは外しますが、信号の通り道には積極的に使いたいと思います。
コネクター
こちらは用途に応じて。
この手の機材のコネクターはレセプタクルの3ピンとフォンコネクターが一般的ですね。
メーカーはノイトリックが定番で間違いがありません。
シルバーのコネクターがレコーディング機材の定番なので、特にこだわりが無ければ銀でいいかと。
銀は硬め、金は柔らかめの音質傾向があります。
コネクタがシルバーならケーブルは金メッキのものを使って音質のバランスをとる(フラットにする)ことが多いように思います。
基板、線材
現在、当回路はブレッドボードに仮組の状態です。
ブレッドボードは中華製の安いものもありますが、私は国産の上記のものを購入しました。
「安価なブレッドボードは差し込み口や通電の精度が甘い」といった情報が散見されたので、多少高くはありますが奮発しました。
サイズは大きめのものが使いやすいです。
と言うより、オーディオ用途であればそれなりの規模の回路になるので小さいブレッドボードだとすぐにスペースが無くなります。
私はすぐに2個目を注文することになりました。
またテスト用の線材にジャンパー線も必要です。
ジャンパー線も安価で大量に入っているものは断線しているものも珍しくないようです(販売店の、そういった注意書きを見かけます)。
より高音質の機材製作のために知っておきたいこと
機材の自作は部品の選定を間違えずに、回路図通りに組めば音は出ます。
音が出たら次は当然、音質の追求ですよね。
こちらは自作機材で、さらに高音質を目指す方に向けた記事です。
私が「自作を始めるときに知っておきたかったな」というものを集めました。
制作してみた感想など
回路について
回路はこちらのサイト(ESP)を参考にしました。というか丸パクリです。
と言っても基本的にパライコはどうやっても似たような回路になってしまうと思われます。
他にもマイクプリを始めとしたプロオーディオの回路図を載せてくれており、正直「いいんか?!」という感じです、ありがとうございます。
できれば ESPの回路図も載せたかったのですが、著作権に触れそうなので控えます。
回路図には書いてありませんが、オペアンプ電源ピンのパスコン(バイパスコンデンサ)はお忘れなく。これがあるとないのとでは音が全然違います。
サイトでは0.1μFのセラミックコンデンサが推奨されていますが、私は0.1μFのフィルムコンを使いました(画像、オペアンプ右下の銀色の素子)
「セラミックは音質がイマイチ」というような情報も多いのでフィルムにしましたが、これもそのうち自分の耳で比較・確認したいと思います。
私は未実施ですが、コンデンサの容量を増やしてみると変化を感じられるかもしれません。
バランス・アンバランスについて
ところで、プロオーディオはほとんどがバランス入出力です。「平衡」とも言いますね。
詳しくは割愛しますが、バランスの場合は±の音声信号がひとつずつ、計ふたつの信号が流れています。
ですが回路は信号ひとつ分しかありませんし、イコライザー回路をふたつ作るのは労力やコストがかかります。(マイクプリの場合は二回路作ります)
そこで、入力されたふたつの信号をひとつにまとめて(アンバランス化・不平衡化)EQ等の回路を通した後、ふたたびバランス信号に戻して出力します。
こちらは別記事にて解説します。
EQの効きや音質について
CR型に比べるとやや音の自然さは失われているように感じますが、悪くもないという印象ですね。
電源、オペアンプ、コンデンサ等をしっかりと選定して組んでいけば素晴らしい音質になりました。
ただ、やはり音の自然さでは CR型が優位です。
音色にオペアンプの音質が乗るので、それ込みでサウンドをチューニングしていくことになります。
今後、素子を交換するなどしてさらに音質を追い込みたいですね。
EQの効き具合も抵抗の定数を変更すれば、驚くほどブースト・カットのできるEQになります。
電源について
先述の両電源の内容と重複するところもありますが改めて。
当回路を最初は+15Vの単電源や ±6Vの両電源で動かしてみたのですが、音が出なかったり音割れやノイズが酷かったです。
「回路図どおりに組めていないのかな」とも悩みましたが、試しに±15Vで動かしたところきちんと動作しました。
聴感上のノイズは、ボリュームを通常では使用しないレベルまで上げてやっと「サーッ」という音を確認できたくらいです。
ノイズに関してはケースに入れることで、また変化があるかもしれませんね。(シールド効果)
厳密な電流計測のため、そのうちオシロスコープも導入したいと思います。
ケースについて
トップ画像のとおり、現在はケースに入れておらずブレッドボードに仮組しただけの回路丸出し状態です。
基板へのハンダづけやケースへの取り付けでも問題が発生するかとは思うので、またケース加工の情報等を共有したいと考えています。
ラックタイプもいいですし、500シリーズのように小さいケースを並べるのもおもしろそうです。
各種パラメータの計算とモディファイ方法
計算式を載せておくので、モディファイ時の計算にお使いください。
とは言え、手計算はかなり面倒なので計算用のフォームも書いておきました。
(Q幅についてはプログラムができ次第追記します)
中心周波数
EQ 中心周波数(f)
※計算結果はVR2を絞った最低周波数から、VR2を全開にした最高周波数を表示します。
可変抵抗を使用しない・グライコとして使用する場合はVR2の値は0か未入力にしてください。
解説
EQのかかる中心周波数は次の計算式で算出できます。
$$f=\frac{1}{2π\sqrt{(R1+VR2)×R2×C2×C1}}$$
ちなみに「(R1+VR2)×R2×C2」の部分はコイルのインダクタンスなので、「L」に置き換えるとスマートな式になります。
VR2は周波数をコントロールするための可変抵抗なので、R1とVR2はひとつの抵抗と考えます。
なのでVR2を取っ払うとEQがかかる周波数が固定されます。
こうして回路を増やしたものがグラフィックイコライザー(グライコ)ですね。
また、コンデンサ(C2)の定数を変更すれば、EQの周波数域を変更できます。
当然ですが、高域側の周波数を上げると最低周波数も高くなるので、このあたりの値決めは悩ましいですね。
ESPの回路だとピーキングEQは2KHzまでと中高域がかなり物足りないので、私はもうひとつツマミを増やすつもりです。
ブースト・カット量
ブースト量(最大値)(G)
カット量(最小値)(G)
解説
EQのブースト量(最大値)は次の計算式で算出できます。
$$G(Boost)=20 log\frac{R2 + R3}{R2}$$
ESPの回路図どおりの定数で組めば、ブーストの最大値は16.6dBほどになります。
この値はたいていのプロオーディオのEQと同等の値…のはずですが、いまいち効きが弱く感じます。
ブースト時の最大値を増やしたければ、R3の値を増やすと効きが強くなります。
ただし抵抗値を大きくすると、ブースト時に音が歪みやすくなります。
このあたりのさじ加減はご自身の耳で判断していただければと思います。
商用機材を作るわけではないので、ピーキーでぶっ飛んだ機材にするのもアリじゃないでしょうか(笑)
ちなみに私は2K7を4K4程度にしました。
これでブースト最大値が20.3dBになり、聴感上もだいぶ使いやすくなりました。
6dBで2倍のゲインアップなので、4dBの差はかなりの変化です。
次にカット量(最小値)ですが、カット量は次の計算式で算出できます。
$$G(Cut)=20 log\frac{R2}{R2 + R4} $$
ESPの回路図では、ブースト時と同様に-16.6dBほどに設計されていますが、やはりカットももう少し効きを強くしたい印象です。
その場合はR4の値を増やすとカット量が大きくなります。
Q幅
Q幅は次の計算式で算出できます。
$$Q=\frac{2π×f×(R1+VR2)×R2×C2}{R2}$$
もしくは(上の式と誤差がありますが)
$$Q=\sqrt\frac{C1×(R1+VR2)}{C2×R2}$$
「(R1+VR2)×R2×C2」はおなじみ、コイルのインダクタンス「L」です。
ESPの回路図どおりの定数で組めば、Q幅は2~6以上と、バンドによって幅の差が大きいですね。
Q幅の値は周波数にも影響されるので、アナログのパライコはこんなものなのでしょうね。
ちなみにQ幅は「1.41」がオクターブとなっており、この値を基準として幅を考えるといいです。「2.8」が1/2オクターブ、「0.7」が2オクターブ幅です。
1.41というのは円周率ですね。
さて、せっかくのパライコですからQ幅も変更したいところですが、残念ながら当回路ではQ値の変更はできません。
正確には「Qのみを変更することができない」です。計算式を見るとわかりますがQを変更すると周波数も変化してしまいます。
詳しくは次の項で解説します。
シェルビング・ピーキング切り替え
図のとおりに回路を組むとピーキングのイコライザーになります。
シェルビングにしたい場合はC1を取り除けばOKです。
ですのでシェルビング・ピーキングを切り替えられるようにしたければ、「VR1 – R2」間で C1をバイパスできるようにスイッチを入れれば可能です。
ただし、このシェルビングは指定周波数以下のブースト・カットとなるので、ローシェルフとして利用します。
ハイシェルフ
ハイシェルフに関しては以下のように回路を組みます。
シェルビング周波数(f)
解説
ハイシェルフはコンデンサと抵抗を直列にするだけですね、とても簡単です。
回路としてはCR型のイコライザーになると思いますが、この回路をそう呼んでいいのかは少し自信がありません。
定数の違うC1を複数用意してスイッチで切り替えれば、ハイシェルフの周波数を切り替えられてさらに便利になります。
R2を可変抵抗にすると周波数がシームレスに切り替えられて便利ですが、ブースト・カット量にも影響が出るので悩ましいところです。
ちなみに、ESPの回路図どおりのコンデンサの定数では2.5KHzや5KHzに効きませんでした。当回路がCR型だとして上記の計算式で計算すると、増減する周波数が15KHzと28KHzなんですよねぇ…。
という訳で、試しにコンデンサを0.1μFにしてみたところ計算通りに3KHz以上が増減したので(下の画像)、私が大きく間違っているということもないはず…!
ハイシェルフのブースト・カット量の計算方法はパライコ回路と同じです。
真のパライコの自作を目指すために
当回路方式は「ジャイレータフィルタ」と言い、オーディオでは特にグライコで採用されている回路です。
インピーダンスをインダクタ、つまりコイル(L)に変換することでEQとしての機能を実現しています。
ただ、Q幅の項でも言及しましたが、ジャイレータフィルタではQ値のみを変更することができません。
また、EQの周波数を変えるとQ幅も変わってしまうという問題もあります。
とは言え、ざっくりとサウンドを作る用途では問題を感じない(どころか素晴らしいクオリティ)のですが、細かいエディットをするとなると機能的にやや気になるかもしれません。
当回路は厳密にはパライコと言うより、周波数が可変のグライコなのかもしれませんね。
これをクリアするには別方式の回路を採用する必要がありますが、今度はコストや回路規模が大きくなってきます。
逆に言うと、低コストで回路規模も小さくて済むのは、複数のバンドを扱うグライコにとってはありがたいですね。
別方式の回路として「ウィーンブリッジ発振回路」「ステートバリアブル型フィルタ」あたりが採用されるようです。
Q幅可変のステートバリアブル型のパライコを作ったので、良かったらご覧ください。
それではまた!